北海道新聞で紹介されていた「カックウ発見から50年 縄文の心と世界遺産」の講座を受講してみました。「北海道・北東北の縄文遺跡群」が「世界文化遺産」に登録され4周年になるそうです。「道新文化センター」での講座「カックウ発見から50年 縄文の心と世界遺産」と題して阿部千春さんが講師として語って下さいました。
○ 日時:2025年7月26日(土)
○ ところ:道新文化センター
○ 講師:北海道縄文世界遺産推進室特別研究員 阿部千春さん
昭和50年8月24日中空土偶の発見されました。曲線と直線の組み合わせから二交融合・黒色(漆)と赤色(漆)。分類は中空土偶(中が空洞)。
・北海道初の国宝へ 平成19年3月16日 文部科学大臣へ答申。答申内容は、当時の信仰や祭祀の実態を明らかにする上で欠かせない資料であり、かつ縄文時代後期を代表する土偶造形の到達点を示す物であるとされました。
*以下、頂いた資料より
答申内容:当時の振興や祭きの実態を明らかにする上で欠かせない資料であり、かつ縄文時代後期を代表する土偶造形の到達点を示すもの(抜粋)
○ 故意破壊の前提
・人形(ひとがた)を破壊するのは、強い心的なストレスがあり、社会通念化されていないと壊すことは難しい。
・縄文時代を通して土偶が破壊されたのは、個人的な行為ではなく、縄文社会に共通した心性があったからではないか。
⇨ 破壊(死)→再生(誕生)= 縄文的な思考の一つ
○国宝指定後のカックウの活躍
・20008年G8サミット ・20009年大映P o w e r o f D O G U ・2016年ユネスコ本部 ・2018年パリジャポニズム、2023年北海道博物館
○ユネスコ世界遺産の目的と意義
国際連合教育科学文化機関憲章
前文(抜粋)
戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和な砦を築かなければならない。相互の風習と生活を知らないことは、人類の歴史を通じて世界の諸人民の間に疑惑と不信をおこした共通の原因であり、この疑惑と不信のために、諸人民の不一致があまりにもしばしば戦争を引き起した。
任務(要約)
a)文化多様性の理解促進と異文化間の交流
b)教育、文化の普及と国家間の協力関係の構築
c)世界の文化、芸術、記念物の保存・保護(世界遺産)
世界遺産の意義
地球上には様々な地域があり、そこにはその地域特有の歴史や文化がある。そのどれもが尊いということを各国が理解し合うことで、国家間の相互の理解を図り、平和な国際社会の実現に寄与する。
世界遺産条約成立の背景 東西冷戦下での文化遺産の救出
〜 省略 〜
世界遺産「北海道・北東北の縄文遺跡群」
北海道の垣の島遺跡(函館市)、北黄金遺跡(伊達市)、大船遺跡(函館市)、入江貝塚(洞爺湖町)、キウス周堤墓群(千歳市)、鷲ノ木遺跡(森町)と北東北3県の17遺跡で構成されます。2021年に「世界文化遺産」に登録されました。
縄文の定住が語るストーリーの要点
○ 開始期 寒冷期から温暖期へ
前半:寒冷期は一時的な定住で、竪穴住居は持たない
後半:温暖気になって本格的な竪穴住居と集落を形成
○ 発展期 気候の安定期
前半:気候が安定し始めると貝塚などの施設を集落に
後半:安定した時期に祭祀など集落施設が揃い拠点化
○ 成熟期 急激な寒冷化と回復
前半:集落を縮小・分散させ、共同の大規模な祭祀場
後半:気候と共に集落規模も回復、大規模な共同墓地
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自然に適応しながら定住生活を存続させた人類の歴史
貝塚はゴミ捨て場ではなく、祭祀的な場所であった可能性を指摘しています。「動物や植物、道具にも魂が宿り、役割を終えた物をあの世に送る儀式をし、自然と命に感謝する場所だったとしています。
人間が自然の変化に適応してきた一万年の歴史 → 人は人以外の動植物などの自然の命に支えられている。
縄文世界遺産ストーリーが語っていること
縄文世界遺産は、自然を人間に適応させるのではなく、人間が自然の変化に適応してきた一万年の歴史の証明。持続性ではなく適応性。(これを可能にしたのが日本列島の豊な自然生態系)
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人は、人以外の動物・植物などの自然の命に支えられたいる
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「自然との共生」という目線ではなく、「自然への感謝」


