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日記

週末の札幌圏、記録的な大雪に見舞われました

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土曜日・日曜日と大雪に見舞われた札幌圏。ベランダから眺める外の景色は、白一色で視界ゼロ状態が一昼夜続いていました。臨時休校した小中高があった程です。やっと今日になってJRは千歳線の運行を再開しましたが、新聞報道によると他は未だ運休中で全面再開は週明けになるとか。幸いにも幹線道路沿い歩道の除雪は有り難いことに行き届いています。

札幌は、一瞬にして豪雪地帯になりました

「円山公園」正門へ至る通り

ロードヒーティングされているところと、そうでないところに段差があります。

電話ボックス周りは綺麗に除雪されていますが、正直、ここの電話ボックスの存在を初めて知りました。災害時、スマホやケータイの充電が切れてしまった時のことを考えると、いざというときにはやはり必要な電話ボックスです。

人がやっと通れるスペースの交差点。

「北海道知事公館」前の通り

除雪は行き届いていました。冬期中、前庭は開放されていません。

「北海道近代美術館」付近の通り

「北海道近代美術館」周辺の除雪も行き届いています。幾何学模様に雪を蓄えた?階段状の屋根が芸術的、さすが「北海道近代美術館」です。次の催し準備のため閉館中でした。

札幌市の記録的な大雪でふと思い出した、新任地でのこと

札幌市は記録的な大雪に見舞われました。札幌市は交通網、流通等が北海道の中枢・要です。そこで身動きが取れなくなると様々な弊害が起きたと考えられます。北海道の日本海側、石狩地方や空知地方等と豪雪地帯と言われる地域があります。大学を卒業し、教師としての新任地は北空知沼田町でした。北空知は北海道の豪雪地帯、米作の盛んな地域です。

その頃まだ健在だった札沼線(札幌と沼田間)の終着駅が沼田町。札沼線は、現在極一部が学園都市線として存続しています。赴任が決まった3月、沼田町の教育委員会へ初めて挨拶に訪れることになりました。駅から街へ出た瞬間、辺り一帯がどこまでも続く白い雪の壁。建物一軒全く見られないのです。心細くなってしまったのは言うまでもありません。

北海道の道南や道央の比較的少雪地域で育った身に取っては衝撃的な光景でした。やっと辿り着いた教育委員会、そこで昼食にご馳走になったカツ丼。そのカツ丼が美味しくてほっとさせられたのを覚えています。貧乏学生でしたので。

赴任した沼田町立北竜小学校は、全児童が100人前後の小規模校でした。現在は統廃合されています。平屋の一軒家に住み、さて、冬を迎えました。毎日のようにしんしんと降り続く雪そして雪。幸い勤務校へは歩いて10分くらいのところでしたので、出勤時は未だしも帰宅すると玄関が埋まっていて毎日掘り出さなければ入れまません。

車道は除雪されていても歩道はそのままで、車道より2メートルは上になっていました。階段を付けて上り下りしないと車道を渡れないのです。バス停が足下にありました。一軒家でしたので、積もった雪と屋根から落ちた雪で窓が塞がり昼間でも真っ暗。一人で除雪は困難だったので、弟たちに窓出しのため来てもらった記憶があります。

沼田町は豪雪地帯ですが、それを逆手にとり収穫した米を雪の冷気で貯蔵する工夫をしている倉庫があるとききます。担任した学年ではありませんが、確か当時一学年上の子は現在の沼田町町長として活躍しています。

 

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