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日記

「はずれ者が進化をつくる 生き物をめぐる個性の秘密」稲垣栄洋著 筑摩書房を読んで

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書店で売れ筋の書籍は人目に付くところに並べられています。よく訪れている書店では、その度に『「はずれ者が進化をつくる 生き物をめぐる個性の秘密」稲垣栄洋著』前を素通りしていました。依然として並べられていますので、取りあえず?購入してみました。ところが小学校高学年から中高校生には是非読んでもらいたい一冊ではないかと思いました。要点のみを記します。

稲垣栄洋:1968年静岡市生まれ。岡山大学大学院農学研究科修了。農学博士。雑草生態学。農林水産省、静岡県農林技術研究所等を経て、静岡大学大学院教授。雑草や昆虫など身近な生き物に関する著述や講演を行っている。著書に、『植物はなぜ動かないのか 弱くて強い植物のはなし』『雑草はなぜそこに生えているのか 弱さからの戦略』『イネという不思議な植物』(ちくまプリマー新書筑摩書房)等多数

はじめに

「個性の時代」「個性的であれ」「個性を活かせ」「個性を磨け」と言われています。「個性」は自分らしさを言います。では、自分らしさとは?生物の世界では「多様性」という言葉に置き換えられています。「多様性」とはいろいろな種類があったり、いろいろな性質があること。

例えば、生物界にはさまざまな性質を持つさまざまな生き物がいて、それぞれ関係し合ってさまざまな生態系を構成します。同じ生物種でも全く同じものはなく、さまざまな種類や性質があり、これが「遺伝子の多様性」です。生物は、生態系や生物種、遺伝子の段階で多様性を持つことで「個性」にあふれています。

1時間目「個性」とは何か?

雑草は放っておけば育つので、育てるのは簡単だと思うかもしれません。それは大間違いでなかなか難しいのです。種をまいてもなかなか芽は出てきません。野菜や花の種は、人間が想定した時期に発芽するように改良されています。

ところが雑草は芽を出す時期を自分で決め人間の通りにはなりません。芽を出す時期はバラバラです。早く芽を出すせっかちもいればなかなか芽を出さないのんびり屋も。雑草は「個性」が豊か?言い方を変えると、結局バラバラで扱いにくく育てにくい存在なのです。

芽を出すのが早かったり遅かったりは、雑草にとって優劣ではなく「個性」で、「遺伝的多様性」のことです。タンポポの花の色は黄色で、これは「個性」ではなくアブの仲間に花粉を運んでもらうのに都合がよいからです。アブの仲間は黄色い花に来やすい性質があります。

2時間目「ふつう」とは何か?

人間はバラバラな自然界で均一な世界を奇跡的に作りあげましたが、自然界はバラバラです。自然界では違うことに意味があり、違うことに優劣はありません。人間社会で暮らしている私たちは人間がつくり出した尺度を無視することはできないし、尺度に従うことも大切です。

人間がつくり出した「ものさし」は大切ですが、「ものさし」以外にもたくさんの価値があります。「違い」が大切なのです。人間の脳は自然界を理解するために整理して比べたがり、作り出した「ものさし」で「平均値」とか「ふつう」を発明しました。

3時間目「区別」とは何か?

人間が発明した「平均値」と「ふつう」のほかに「境界」があります。「県境」、「昼と夜」など。自然界には境目はないのに、都合が良いので「境界」をつくり区別しています。人間の脳は、境界のない自然界に線を引き区別するだけでなく、優劣を付け「区別」ではなく「差別」をしてしまいます。体のすべてが正常だという人などいるはずはないし、体のすべてに障害があるという人もいないのに「障害者」と「健常者」という区別。大人と子どもにも境目はありません。

例えば、虹は七色と言われていますが、アメリカやイギリスの人たちは六色、ドイツやフランスの人たちは五色と言います。本当は、境界などはなくたくさんの色が連なっています。自然界も同様にたくさんのものが境界なく連なっています。自然界にはこの「違い」を大切にしています。

4時間目「多様性」とは何か?

多様性はたくさんの種類があるという意味で、それぞれの個性を「遺伝的多様性」と言います。動物と植物を合わせると、世界には175万種もの生物がいると言われています。実際にはまだ知られていない生物は500万種から3000万種も地球上には生息していると言われ、これが自然界の「生物多様性」です。

「オンリー1」か「ナンバー1」か。生物の世界では「ナンバー1しか生きられない」が鉄則です。自然界は弱肉強食、日々激しい競争や争いが繰り広げられています。全ての生き物は棲み分けしながら「ナンバー1」を分け合っています。自然界の175万種もの生物は、175万通りの「ナンバー1」があることになります。

「ナンバー1」はたくさんいますが、それぞれのポジションでその生物だけです。全ての生物は、「ナンバー1」になれる「オンリー1」のポジションを持っているのです。「ナンバー1」になれる「オンリー1」のポジションのことを生態学では「ニッチ」と言います。

5時間目「らしさ」とは何か?

「ナンバー1」になれる「ニッチ」を探すには二つのコツがあります。

1つ目 小さく絞り込むこと、2つ目 フィールドは自分で作ること

例えば、運動会で障害物競走が一番速い、網をくぐるのが一番とか、平均台を渡るのが一番とか。パン食い競走や借り物競走なども同様です。運動会は様々な「ナンバー1」が生まれるように工夫されています。

2つ目 フィールドは自分で作ることでは、テストの点数や偏差値のように既存の評価で競うことはありません。自分が一番になる「ものさし」は自分で作ることなのです。「得意なこと」や「好きなこと」、そして「人から求められること」を探して「小さなチャレンジ」をくり返すと良いのです。

誰もが「個性ある存在、自分らしさ」を持つ存在です。

6時間目「勝つ」とは何か?

自然界では、様々な色や形の花が咲いています。勝ち残った花だけが咲き、敗れ去った花は枯れてしまったのでしょうか。そうではありません。ナンバー1になる方法はいろいろあり、それぞれの花が頑張った証です。隣の花と競わなくてもナンバー1になれるのです。花同士の間で勝ったり負けたりを競い合っているわけではないのです。

人間の脳は勝ち負けに拘り、「平均」と比べて勝ち負けを付けたがります。「幸せ」に勝ち負けはないし、「幸せ」に平均もありません。楽しく満たされていればそれで良いこと。ナンバー1になれるオンリー1のポジションを見つけるためには、若い皆さんは戦っても負けても良いのです。

たくさんのチャレンジをしてたくさんの勝てない場所を見つけ、最後にはナンバー1になれる場所を絞り込んでいくことになります。苦手なところで勝負する必要はなく嫌なら逃げても良いのですが、無限の可能性がある若い皆さんは簡単に苦手だと判断しない方が良いです。

勝者は戦い方を変えず、負けた方は戦い方を考えます。「考えること」は「変えること」につながります。生物の進化、劇的な変化は常に敗者によってもたらされてきました。負けることは変化するために効果的です、ただ負ければ良いというものではありません。小さなチャレンジと小さな負けを繰り返すことが大切なのかもしれません。

自分という奇跡の存在は両親をはじめとした祖先たちの存在あってのことです。祖先から引き継がれてきたDNAが、それぞれの体の中にあります。それは常に負け続けながらも、居場所を求め続けた敗者のDNAと言えるでしょう。

7時間目「強さ」とは何か?

自然界を見渡してみると「弱い生き物たち」が繁栄しています。強そうな猛獣たちは弱い生き物を餌にしています。言い方を変えると「弱い生き物たち」を頼って生きているため、絶滅が心配されているのです。

「雑草が弱い」というのは「競争に弱い」と言うことです。植物は光を奪い合い、競い合って上へ上へ伸びていきこの競争に負けると他の植物の陰で光を受けられずに枯れてしまいます。ですから、たくさんの植物がしのぎを削っている豊かな森では、生えることはできないのです。人間の助けがなければ育つことができない野菜畑では、抜いても抜いても生えてくる雑草は、野菜より競争に強いからなのかもしれません。

植物が成功するためには三つの強さがあると言われています。一つ目は光の奪い合いです。二つ目は水がなかったり、寒かったりとといった過酷な環境に耐える強さです。三つ目が様々なピンチが訪れても次々に其れを眺める乗り越えていくという強さです。雑草はこの三つ目の強さに優れていると言われています。地球上の全ての植物はこの三つの強さを持っていて、そのバランスで自らの戦略を組み立てています。

人間も弱い生き物ですが、知能を発達させ、道具を作り、他の動物たちに対抗してきました。知能を発達させてきたことが、人間の強さの一つです。ですから人間は考えることを止めてはいけません。ネアンデルタール人は滅びホモ・サピエンスが生き残ったのは「助け合う」という能力を発達させたからです。そして、お互いに足りない能力を補い合いながら暮らしていったのです。

8時間目「大切なもの」とは何か?

雑草は踏まれたら立ち上がれません。考え方を変えると、立ち上がるような無駄なエネルギーは使いません。横に伸びたり茎を短くして、何とか花を咲かせようとします。「踏まれても踏まれても大切なことを見失わない」、これこそが本当の雑草魂です。

オオバコなどの踏まれるところに生える雑草の多くは、固さと柔らかさを併せ持っています。オオバコの種子は水に濡れるとゼリー状の粘着液を出します。オオバコの種子は人や動物の足によって運ばれることになります。

雑草は下に伸び根を伸ばします。根は植物を支え、水や養分を吸収する大切なところです。つらいとき、耐えるときにはじっと根を伸ばします。その根っこが日照りになったときに力を発揮するのです。

9時間目「生きる」とは何か?

木は何十年も何百年も生きることができ、長生きすれば大木となって1000年以上も生きることができます。一方、草は長くても数年、短ければ一年以内に枯れてしまいます。一年の天寿を全うできる可能性が高く、次々に命を続けていく方法を選びました。

人間の赤ちゃんはやがて子供になり、子供は成長して大人になります。大人は歳を経て老人になっていきます。そこには何の意思も努力もありません。生きることに余分な力も何の努力もいらないのです。しかし、私たちは生きることに疲れいやになったり、生きにくいと思ってしまうことがあります。人間の脳は優秀な器官ですが、考えすぎる欠点があり時々判断を間違えてしまいます。

生きたくないと思っている生物はいません。脳が間違えたとき、どんなに生きる希望を失っても、私たちの髪の毛は伸びることを止めようとしません。心臓も動き続け肺も呼吸を止めようとはしません。生きたくないと考えている生命はありません。

雑草はどこを向いて生きているのでしょうか。太陽に向かって葉を広げ、上を向いて生きています。うつむいている雑草などはありません。雑草のように空を見上げたとき、太陽が降り注ぎ足の裏から湧き上がってくるような力を感じたとしたら、それこそが雑草が感じている「生きる力」なのです。

たくさんの虫たち、たくさんの鳥たち、たくさんの微生物たちが生きています。今を生きる、与えられている今を大切に生きる。生き物たちは「今を生きること」の連続。「生きる目的がわからない」「何のために生きるのか」という生き物はいないし、「生きるのに疲れた」「死にたい」と思う生き物はいないのです。

生きることには、嬉しいことや楽しいこと、生き甲斐があるそれは素晴らしいこと。

終わりに

「天上天下唯我独尊」とは、「広い宇宙の中で、誰もがたった唯一の尊い存在である」という意味です。つまり、私たちの個性が大切だと言うことです。

読後に

「はずれ者が進化をつくる 生き物をめぐる個性の秘密」の題名から、怠け者を推奨する内容かと想像してしまいましたが、そうではありませんでした。コロナ禍で、ステイホームが続き様々な不安にかられる方が多いものと思われます。例えば、落ち込んだり自分自身を見失いそうになったり・・。

道ばたやコンクリートの隙間に生えている雑草は、踏まれても踏まれてもめげてはいません。過酷な環境でも、また生えてくる雑草は強いのではなく、雑草の「オンリー1」と「ナンバー1」を探し求め続けた結果だったのです。

この書籍は主にジュニアを対象に書かれていて、読む程に心に響いてくる内容となっています。年齢を問わず広くお勧めします。非常に読みやすく時間がたつのを忘れてしまいます。

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