日記

「源ちゃんのゲンダイ国語(NHKラジオ第一すっぴん)」から「飛ぶ教室」は理想の学校、そして「さよならラジオ」

投稿日:2020年3月11日 更新日:

2020.3.6.(金)源一郎さんのオープニングの話、「NHKラジオ第一すっぴん」は残すところ後1週間となってしまいました。思い出深い時間を作っていきたい。9年前の3.11の時もこのような状況でした。社会全体、自粛ムードが漂っていますが、何をどうしたら良いかを考える時間にすると良いのではと。

今、ボッカチオの「デカメロン」を読んでいます。14世紀のフィレンツェにペストが、流行った。人口の30%の人が亡くなり、僅かに残った貴族の男性と女性が危険のないところに集まって時間を過ごした。それは、話すことだった。これがペストに対抗する手段。今は本を読むこととラジオを聞くことかな。ラスト、後6回の「すっぴん」です。オープニング8年のご挨拶に感謝の気持ちでお届けするスペシャルウィーク。

今後、源一郎さんはラジオ新番組金曜日夜10時5分?から「飛ぶ教室」を担当していくそうです。現在、私塾として「飛ぶ教室」を開講しています。

今日のおたよりテーマは、「フリー」です。「ありがとう、すっぴんファン大感謝祭」

本屋は本の種類や置いているところが、それぞれ本屋によって違う。まるで、人格を持っているようだ。また、知人宅などに行き本棚を見るとどんな本を読んでいるのかで、その人が分かる。そして、買ったまま積んでおくことも多いと思うがそれも大事。いつかその本を読む未来のために。所謂、積読の大切さです。

「源ちゃんのゲンダイ国語」今、是非読んで欲しい本「理想の学校 飛ぶ教室」エーリッヒケストナー著

「飛ぶ教室」エーリッヒケストナー著:1933年発表 児童文学小説世界30か国語に翻訳されている。第一次世界大戦後のドイツ国のキルヒベルクにあるヨハン・ジギスムント高等中学(ギムナジウム)を舞台として、クリスマスシーズンの学校で起こる大小の事件を寄宿舎に住まう生徒たちが知恵と勇気をもって解決していく物語。ヨハン・ジギスムント高等中学(ギムナジウム)は、小5から大1の9年間を寄宿舎生活をして学ぶ。

1933年、ナチスがドイツで政権を取った後に発表され目をつけられた。自由主義的な本は焼かれた時代。自分の本も実際に焼かれ、それを見に行った後に思いを書いたのが「飛ぶ教室」と言われている。言論が弾圧されることへの抵抗を一つの美しい少年たちのエピソードとして描いている。エピソードが二つありギムナジウムの5人が主人公で、それらをジョニーが書いているというストーリーになっている。1つ目は彼等の劇の上演、2つ目は対立している実業高校との大げんかの話で、二つの話が同時進行している形だ。

ギムナジウム5年生(中3)のジョニーはニューヨーク生まれ。父親はドイツ人で母親はアメリカ人。二人は犬と猫のように不仲で、やがて母親は家を出ていった。父親にも見放されてしまった4歳のジョニーは、たった一人で大西洋を渡り祖父母が暮らすドイツのハンブルグに行くことになった。船中では大人たちはとても親切にしてくれた。一週間後ハンブルグに着いたが、祖父母は出迎えに来てはくれなかった。すでに亡くなっていたのだ。

結局、船長さんが引き取るが、お姉さんに育てられることになる。先に記したが、この子が後に書いたのが「飛ぶ教室」という設定。どのようにして大人が子どもを守っていくのか。「正義先生」(舎監)と公園に住んでいる「禁煙さん」、二人の物語もある。実は、その当時、20年前、この二人はギムナジウムの生徒だったのだ。

20年前のある日、少年の母親が重い病気になった。少年は心配で居ても立っても居られない。ある日、学校を抜け出して一目散に病院へ行った。明日また来ると母に告げ約束した。翌日は外出許可日だった。けれども、帰ってくると9年生に行き先を述べなかったことで罰として、翌日の外出許可を取り消されてしまった。

構わず翌日、学校を抜け出したため、4週間の外出禁止令。舎監は厳格で心をあずけられる人ではなかった。お母さんは悪くなっていて、外出禁止であるにも関わらず出かけた。校長先生は監禁室にいること二時間を言い渡した。様子を見に行くと、中にいたのは別の男の子。少年の友人が母親のところへ行けるように、身代わりになっていたのだ。

二人はそれからも親友だった。後々も一緒だった。一緒に勉強し一緒に住んだ。1人が結婚しても離れなかった。やがて結婚した方に子供が生まれた。そして、その子が死んで、さらに妻を亡くしてしまった。以後一切の消息は途絶えたままだったのだ。先生は更に続け、友達はどうして抜け出したのかを話した。

心から信頼できる先生(舎監)がいなくてつらい思いをした少年。大きくなったら、自ら舎監になろうと心に決める。少年たちが心の悩みを打ち明けられる人間(大人)になろうと。「正義先生」は悩みを話せる舎監だった。世捨て人だった「禁煙さん」は「正義先生」の計らいで、その後、学校の医務官となる。二人は20年前のギムナジウムの子ども。

マルティンの話。クリスマスに家に戻れるか。「正義先生」がその先生。優等生の5年生マルティン。母親から切符を買うお金が無いという手紙が届いた。帰りたくても帰ることができないマルティン。切符を買うお金が無くてクリスマスに帰らずに残ることを「正義先生」に言い訳をするが埒が明かない。「いくら必要なの?」。後8マルクなのに、先生は20マルクを渡してくれた。「いつ返せるかわかりません。」と、マルティン。「私からのクリスマスプレゼントだ。戻す必要はない。」と、先生。

無事に実家に戻ることができたマルティン。クリスマスの夜、「正義先生」の行為に感謝しながら、両親と三人で手をつなぎ空を見上げた。流れ星が夜の闇から走り出て、音もなく天界を横切り地平線に消えていった。願い事は今だとマルティン。お母さんとお父さん、「正義先生」、「禁煙さん」、5人の友達、どうかみんなにこの世の幸せがありますように、それから僕にも。当然、願いが叶うと思った。なぜ?流れ星が消えるまで、一言もしゃべらなかったから。

ケストナーの言葉から

ケストナーは言論が抑圧された時代に「飛ぶ教室」を書き、子どもたちの自由や幸せがうちつぶされた時、大人は子どもに何ができるのかを著した。「子どもたち」とは、「世界」そのものを象徴している。

ケストナー:へこたれるな。打たれ強くあれ。しょっぱなをこらえれば、すでに半分が勝ったも同然だ。勇気と賢さを持つ。賢さを伴わない勇気は暴れ者に過ぎないし、勇気のない賢さはたわごとにとどまる。世界の歴史には愚かな連中が怖いもの知らずで、賢い人が臆病である時代が繰り返し巡ってきた。それは、ゆがんだ状態なのだ。勇気のある人が賢く、賢い人が勇気をもって初めて「人類の進歩」というものを感じ取れるのではないか。

今の時代にも、どの時代にも当てはまる。自由を保証するため、子供たちのために大人が頑張ってつくる。いろいろなところに自分たちの「飛ぶ教室」をつくっていきたいと、源一郎さん。

追記 2020.3.12(木)

昨日は、厳粛な思いで過ごした「3.11」。あれから、9年も経とうとしている。現実的にも、「新型コロナウイルス」対策の中で過ごす日々。各公共施設、まして図書館も暫く閉館しているので、数日前に書店へ出かけてみた。いつもより込んでいるような印象を受けた。誰しもが同じような思いでいるからなのか。長居はしない方が良いと考えて数冊の本を手身近に購入し店外へ。人込みを避けながら歩くと、外の空気はさすが心地良い。

早速購入した書籍、その中の一冊はもちろん「飛ぶ教室」。源一郎さんのお勧め「新潮文庫 単行本 飛ぶ教室」だが、訳者は異なっていて「池内 紀」さん。帰宅してから、早速、手に取った。文庫本なので、瞬く間に読んでしまう。若い頃に読んでいたような、そうでなかったような、記憶は定かではない。

「訳者あとがき」に「正義先生」ではなく、「道理先生」と解釈してと記されていた。「飛ぶ教室」の「飛ぶ」とはドイツ語で「未来」を表しているそうだ。「理想の学校」、「将来の学校」をイメージしていたのであろうか。子供たちと教師との信頼関係の中で学校は成立していくものだから。更に、国民と政治を司るものに例えたのであろうか。

現在、「アマゾン」などで自宅に居ながらにして書物を購入することができるし、更に電子書籍もある時代だ。凄く便利で利用しているという友人の話を聞く。紙類を媒介とした情報収集は、新聞を含め絶滅危惧種と言われているのも確かだ。

最近、電話に出ると「今、お電話、よろしいですか。」で始まる次第。こちらから掛ける時も勿論であるが。スマホメールで瞬時に連絡が可能で、電話のように相手の都合を考える必要はない。そういうメールをかなり利用するようになってしまったが、それらを可能としない友人数名にハガキを書いてみた。このご時世、友人たちはどうしているのか、案じられる。切手はわざわざ遠くの郵便局に出かけなくても、近くのコンビニで購入することができる。

確か、昨年、値上げしていたはずの切手。店員さんに確認し、1枚63円の切手を3枚買う。子どもの頃、ハガキは5円、切手は5円と10円で、郵便物の手紙は殆どがその10円切手1枚で日本各地へ届けられた、そんな時代が長くあったように思う。

書物をはじめとする通信手段は、考えられないほど機能的で便利な方向へ。こういうものがあったら良いなと、考えていると瞬時に解決されてしまう時代。今の子どもたちは、教えられなくてもスマホやパソコンを操作するのを見るにつけ驚きだ。2~3歳の幼児を含めて、これで良いのだろうか。そう考える私自身がが絶滅危惧種そのものなのかもしれない。

これからも書店へ出かけてみることにしよう。街中から書店が減ってしまい寂しくなってきたが、個性的な書店を巡るのは楽しい。あれこれと書棚を物色しながらお気に入りの1冊を探し当てることにささやかな喜びを感じるのだから。そして、暫く会っていない友人の顔を思い浮かべながらハガキを書いていこうと改めて思った。

追記 2020.3.13(金)最終回「ありがとう、すっぴん ファン大感謝スペシャル版」

2020.3.13(金)、とうとうこの日がきてしまった。2012.3から始まりたくさんの惜しいという言葉を聞きました。感謝しています。長いようで短い期間だった。終わるからこそ素晴らしい。家族を航海に例えると、家族はメンバーで航海をして旅を続けるクルー。二十歳になったら1人乗員が下り、また特別な旅を続ける。その後、新しいクルーでそれぞれが航海を続けていくというように。

「すっぴん」は8年間の航海を終え、リスナーの皆さんや番組をつくったメンバーが別な旅を続ける、そう考えると素晴らしいエンディングを迎えられる。この番組に出会えて嬉しく思います。終わりがあるから始まりがある。今日は楽しく行きたいと思いますので、よろしくお願いします。はい、最後の「すっぴん」、スタートです。

今日で、第1639回です。藤井さんは、お父様の不幸があった時と体調不良の時と2回休んだそうですが、源一郎さんは欠席無し。おたよりテーマは「フリーだよ」で、何でも可。源一郎さんは爽やかでサバサバした印象を受けました。「源ちゃんのゲンダイ国語」コーナーでは、「すっぴん」のために夕べ徹夜で書き下ろした「さようならラジオ」をリスナーの皆さんに捧げます。

「源ちゃんのゲンダイ国語」最終回、「さようならラジオ」高橋源一郎著(但し、まだ販売されていません。)

それは、小さくて古い見たこともない箱のようなものだった。おばあちゃんが寝ている傍らにある。「それは、ラジオっていうの。」さっきまで寝ていたおばあちゃんがつぶやくように言った。生まれて初めて見る学校で習ったプラスチックのベッドという物の側においてあった。「触っちゃだめだよね。」と、ぼくが言った。「いいよ。大事にそっとね。」

「電池もコンセットもないから、動くことはないよ。」「何に使うの。」「昔、放送局というのがあってたくさんの人がいろいろなお話をしたり、音楽が流れてきたの。」と、おばあちゃん。「学校で習ったことがある。」「でも、音楽が流れたらよからぬことを考えるから禁止されてしまった。」

おばあちゃんは病院に入院している。昔は、人間が病人の世話をしていたのか。パパやママは、おばあちゃんをアバターでお見舞いする。僕はアバターは嫌なので、僕だけが病院に行ってお見舞いをした。おばあちゃんは、倉庫にあったベッドというものを病室に入れそれに寝ていて、古い木製の家具を置いていた。おばあちゃんは変わっているとパパとママは言う。

「今日、学校は休み。」僕は言う。それは、嘘だった。今日は登校日でたまに学校へ行かなければならないけど、休んでしまった。学校へ行くのは苦手。紙の本を学校へ持っていったら破かれてしまった。先生に言ったら「持ってくる方が悪い。」と。紙の本は衛生上、良くないと学校で言われている。けれども、古いものが好き。

ずっとずっと昔のこと。あるところに優しい少年がいた。僕と同じように内気で暗い少年がいた。話すことが苦手で友達もいなかった。家でラジオに話しかける。ラジオが友達。「元気かいラジオ。どんな話をしてくれるのラジオ。」一緒にいると孤独ではなかった。ある日、いつものように、ラジオを持って自転車に乗り外に出かけた。

車が近寄って来て少年に接近しそうになった。「危ない。」運転手に怒鳴られ、自転車が倒れた。その時、ラジオが転がり落ちた。たった一人の友達だった「ラジオ」。別の車がラジオに覆いかぶさり、立ち去っていった。その上にさらに、大きな車が。ところが、「ラジオ」は壊れてはいなかったのだ。壊れたのは少年。その瞬間、少年はラジオを守ったから。

少年の意識はない。病院へ運ばれた少年は昏々と眠り続ける。それからずっと両親は病室で少年にラジオを流し続けた。すると、優しくいい表情になるのだ。医者はもう意識がないといったけれど、両親は続けた。時は流れ父母は亡くなり、ラジオを流す人はいなくなってしまった。

更に時が流れ、若い看護師が久しぶりにカーテンを開けと、明るい日差しが病室にそそりこんだ。何十年も眠り続けている少年の病室。若い看護師の初めての患者が眠り続ける少年だった。ところが、寝ていたのは少年ではなく中年の男だったのだ。その看護師は若き日の僕のおばあちゃん。若い看護師は先輩の看護師に訊ねてみた。「ご両親のようにラジオのスイッチを入れて上げたいのですが。」それから、小さい音でラジオを流した。

無表情だった少年が、ほんの少しゆるんだような。「気のせいだよ。」と、医者が言った。「今の医学では常識だよ。」その後、最後の放送局の最後の番組が流れた。病室から音楽が消え、寂しそうだった。そこにいるのは、ただ眠っている男だけ。その患者から表情が全く消えてしまった。

若い看護師はパソコンを持って病室に入った。「今日から、病院ラジオを始めます。私の声が聞こえますか。私は看護師です。」若い看護師のラジオは毎日続き、患者の表情が変わっていくことに気が付いた。たった一人の患者のために、話しながら音楽を流した。その患者の変化を、若い看護師はわかっていた。わかっていたのは彼女だけ。そんな日が何年もたち、彼女は担当が変わってしまいそこへも出向くことが少なくなっていった。だって、ただ、眠るだけの患者だったのだから。

何十年も経とうとしていた。放送が休みの日が多くなっている。「あの貴女が担当していた、何年も担当していた患者がもう危ない。」その人は遠くへ行こうとしていた。若い看護師はその人が好きだった曲とお別れの曲を流した。最後の曲を流した。大粒の涙が少年のほほを伝う。大人の姿をしたその少年は本当に聴いていたのだろうか。

僕の頭を優しく撫でるおばあちゃんがいた。おばあちゃんの話は、学校の誰よりもパパやママの話よりも面白かった。いつものように優しくて柔らかなおばあちゃんの手を握りしめ、おばあちゃんの世界へ入って行った。でも、何かが変だ。おばあちゃんが苦しそう。「どんなことがあっても心配しないで。」と、おばあちゃんが言った。

ロボットの医者と看護師が入ってきた。僕はこの病院で一度も人間の医者に会ったことがない。「お別れの時です。」パパとママのアバターが泣いていた。生きている人間は僕だけ。「おばあちゃん、僕を置いていかないで。」最後に残るのは孫の声。「置いていくものですか。」

彼女はゆっくりと歩いていた。黄色いレーンが敷かれた道を歩いていた。全ての光が消えた。おばあちゃんはまるで飛ぶように歩いた。深い深い青い空が広がっていた。すると、小さな建物の前にいる。建物の中に一人の少年が彼女を待っていた。「ずっと、貴女の放送を聞いていましたよ。」と。肉体は大人で、心は少年のまま。

「ずっと、待っていました。さあ始めましょう、勿論ラジオを。なくなるのではなく、待っているのです。その瞬間を待っている人がいるのです。消えることはない。僕たちの音楽や言葉を待っている人のために。どこかへ、遥か宇宙に流れています、音楽や言葉が。この放送が、あの子のところまで届くとよいのだけれども。」

おばあちゃんの体が連れていかれる。病室のラジオが光っている。電気が流れ、音楽が流れ。死んだはずのラジオから音が流れる。僕が生まれて初めて聞く音楽というものだった。

涙そして涙のアンカー藤井彩子さん。ラジオからそれが伝わってきました。最終回であること、そして、「さよならラジオ」の内容が涙腺を緩くしてしまいました。

番組のために書き下ろした「さようならラジオ」高橋源一郎著

テレビだったらやっていない。今日はどの本を選ぼうか考えたが、予定していたものにはならなかった。ここまでやってこれたのは、みなさんのおかげです。「小説の種」は誰にでもあり、伝えたい思いは伝わります。伝えたい何かを持っているか、誰に伝えるのか。それは自分自身にでもあり、その時、言葉を選び工夫すること。

リスナーの皆さん、本当にありがとう。

源一郎さん、ありがとうございました

今日の「源ちゃんのゲンダイ国語 さよならラジオ」は、オリジナル版でした。最終日ということもあり、多少早口で語っていらっしゃいましたので、正直、メモ書を取るのが大変でした。かなりのスピードで1行のメモ書きをしている間に、気が付くと5行くらいは進んでいるのですから。番組終了後、「聞き逃しサービス らじるらじる」で数回確認しましたが、それでも書きとれませんでした。ごめんなさい。ですから、原文とはかなり違っていることをご了承下さい。

大勢の「すっぴん」パーソナリティーの中で、源一郎さんは感銘を受けた中のお一人です。小説家、随筆家であり、ご自身の読書歴から番組の中で「本の紹介」をして下さったことで、片寄りがあった私の読書傾向の視野が広がりました。ありがとうございます。紹介された本の感想の中で、共感するものが多かったように感じます。「生き物の死にざま」「お寺の掲示板」「ぼくらの民主主義なんだぜ」「一億三千万人のための『論語』教室」「飛ぶ教室」など、買って読ませて頂きました。

それは、同年代(源一郎さんは、団塊世代の少し下でしたね。)であり学生時代のあの体験があったからでしょうか。日本中の大学が学園紛争の渦中にありました。その体験があったからこそ、広い視野で物事を捉えることができ、現在の若い学生たちにその生きざまを伝えることができるのでしょう。源一郎さんの懐の深さに感銘を受けました。

最終回、「さよならラジオ」は、ドキッとさせられる物語です。過去、現在、未来を語る中で、近い将来、身近に起こりうるかもしれない人手不足とロボット化、少子高齢化等、様々な社会問題を包含しています。今現在、「新型コロナウイルス」で一般市民は外出を自粛し、医療現場では防御服を着ているとはいえ感染の恐怖の中にあるなど、未だ、出口が見えない状況です。

ロボットだったら感染しないし、無味乾燥なロボット医者や看護師が出現するのも時間の問題なのかもしれません。我が国の科学技術は既にそこまで来ているのではないでしょうか。複雑な心境です。将来、学校はどうなっていくのでしょうか。「さよならラジオ」の中では、まだ形としてはありましたね。

教科書やノートといった紙を媒介とした教材ではなく、タブレット端末等で学習しているのでしょうか。手足を動かさず、頭でっかちな人間にだけはなっていないことを望みます。子どもたちが、例えどんな境遇で育てられようと、大切にされる社会であってほしいものです。元教職に携わった者として。また、とかく老人は「後期高齢者」は医療費のかかり過ぎ、「団塊世代問題」と一括りに捉えられ、煙たく見られていると感じるのは僻みでしょうか。

「さよならラジオ」は、子どもと老人を大切にしている物語だと思いました。それは、源一郎さんの温かなお人柄の表れです。ひょとして、源一郎さんはおばあちゃん子ですか。ふと、そう思えてしまいました。「おばあちゃんの知恵袋」という言葉は、死語になりつつあります。新しければ良くて古いのは不味いのではなく、老いも若きも共にお互いの良さを認め合って生きていけるような世の中を望みます。

「ラジオ」について、一喜一憂

幼少時、正しくラジオ世代の私。屋外での遊びが多かったのですが、「鐘の鳴る丘」、「赤胴鈴之助」の時間になると帰宅し、放送を心待ちするほどでした。相撲の千秋楽には栃錦と若乃花の取り組みをワクワクしながら聞いていました。母親たちは「君の名は」で、今でも語り草になっている程です。

ある程度の年代になり、父親がよくラジオを聴いている話をしていましたが、「古い、古い。」と、いつもフンという気分になっていたものです。その頃は、ラジオを化石状態に思っていましたから。父親が愛用していたのは、懐かしいソニー製のトランジスタラジオ。黒い革製のカバーのラジオで、引っ張るとアンテナが出てくるのです。

あれから数十年、自分自身が父親の年代になってしまいました。ラジオその物の良さを見直したのは北海道を襲った一昨年のブラックアウトです。電気が通らなくても音が出る手回しラジオの有難さを身をもって感じてしまいました。更に、今、一人暮らしをしている身にとってラジオはなくてはならないものとなっています。

ところで、手回しラジオはあくまでも災害時用(非常時用)で、日常は普通のラジオから楽しんでいます。日常的に手動で電気を起こす手回しラジオなら、笑ってしまいますね。毎日毎日、自家発電生活ではありませんので悪しからず。

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